堺市あおり運転事件に見るあおり運転の厳罰化

東名高速道路のあおり運転事故から1年が過ぎた頃、またしてもあおり運転によって人の命が奪われました。バイクを追いかけ回した末に追突し、バイクの運転者が死亡した堺市あおり運転事故。「はい終わり」という事故直後の加害者のつぶやきが様々な憶測を呼びました。
堺市あおり運転事件では、「殺人罪」が認められるかどうかが争点となりました。事件概要・判決結果を交え、社会問題となっているあおり運転の厳罰化の現状について説明します。

1. 堺市あおり運転事故とは

2018年7月2日夜、大阪府堺市で、あおり運転により一人の大学生の命が奪われる事件が起こりました。事件の発端は、被害者で当時大学生であった高田さんの運転するバイクが、加害者である中村被告の車を追い抜いたことでした。
追い抜かれたことに腹を立てた中村被告は、自分の目の前を走る高田さんを時速90kmで追いかけて車間を詰めながら、ハイビームで照らしたりクラクションを鳴らしたりして威嚇しました。このあおり運転から逃れようと被害者の高田さんが別車線に移ると、中村被告も同じ車線に変更していやがらせを続け、約1kmに渡る執拗なあおり運転を行いました。
そして、最終的には時速約100kmまで加速して一気に被害者高田さんとの距離を詰め、緩やかにブレーキをかけたものの、ほとんど減速せずに時速96kmという速度で高田さんに追突しました。
追突の衝撃により、高田さんはバイクごと転倒し、頭蓋骨骨折などのけがをして病院に搬送されましたが、帰らぬひととなりました。

2. 検察側・弁護側それぞれの主張

検察側と弁護側の主張は真っ向から対立することとなりました。

検察側は、執拗に繰り返されたあおり運転行為に加え、加害者のドライブレコーダ-に残っていた映像を証拠として、追突した直後の「はい終わり」という加害者の言動についても言及します。
「この『はい終わり』という言葉は、追突された被害者に対しての発言であり、これは過失ではなく故意に起こした事故以外の何物でもない」としました。そのうえで「まれにみる殺人運転で、将来ある若い被害者を死亡させた。」と非難。
あおり運転としては異例の「殺人罪」として裁かれるべきであると主張し、懲役18年を求刑しました。

一方、弁護側はこの検察側の主張に対し、加害者が被害者を死亡させたことに関しては認めながら、「腹をたてて追いかけまわした事実はない。」と、あおり運転については否認しました。
「はい、終わり」という言葉についても、「車を運転する仕事をしているのにビール飲んで事故を起こして、もう『自分は終わってしまった』という自分に対しての言葉であり、被害者に対して『ざまぁみろ』と言わんばかり発した言葉では無い。」として、故意にぶつけたわけではないと説明しました。事故が起こった状況を、「被告は、自車が車線変更をすると前にいたバイクも車線変更をしたため、危険を感じてクラクションを鳴らした。その後ブレーキを踏んだが間に合わず衝突した」と述べたうえで、「殺人罪」は成立せず「自動車運転死傷行為処罰法違反」(過失運転致死)であると主張しました。
また、続けて被告は「尊い命を奪ってしまったことに対し反省し、謝罪したいと思います。誠にすみませんでした。」と法廷で述べたといいます。

3. 堺市あおり運転事件の判決

2019年1月25日、世間が注目するこの事件の判決が言い渡されました。
弁護側の主張を退け、「ぶつかれば死亡すると認識していた」として、未必の故意があったものと認定。大阪地裁堺支部は中村被告に対し、「殺人罪」として懲役16年の判決を下しました。
検察の求刑が懲役18年に対して懲役16年の判決なので、完全に求刑どおりというわけではありませんが、裁判所は検察の主張どおり「殺人罪」と判断したのです。

堺市あおり運転事件は、非常に悪質なあおり運転による交通事故といえますが、交通事故で殺人罪が成立するのは異例なことです。
交通事故で被害者が死亡するのは、残念ながらそんなに珍しいことではありません。しかし、「殺人罪」が成立するのはごくまれです。なぜかというと、普通の交通事故には殺意がないからです。殺人か、そうでないかの一番大きな違いは、殺意が有るか無いかです。

殺意とは、殺そうとする意思のことです。殺そうと思って殺した場合に、殺人罪は成立します。
判決では、未必の故意があったと認定されています。「未必の故意」とは、これをやったら死ぬかもしれないということが分かっていながら、死んでも構わないと思ってやったということです。これは、殺そうと思ってやったのと同じこととみなされます。

目の前でバイクに乗っている被害者を猛スピードで追突すれば、「相手が死ぬかもしれない」ということは当然分かっていたはずです。たとえ明確には殺そうと思っていなかったとしても、「死んでも構わない」と思って追突すれば、殺人罪が成立するというのが堺市あおり運転事件の判決です。

また、裁判官はドライブレコーダーに残っていた「はい終わり」という音声についても「内容から衝突は想定内の出来事だったと認定される」と指摘しています。
判決理由に加え、「被害者のバイクを追跡していないと中村被告は虚偽を述べ、罪を償う姿勢がない」と言葉を付け足しました。

なお、現時点では被告が控訴するかについては明らかになっていません。

4. まとめ

堺市あおり運転事件では、殺人罪という判決が下されました。
あおり運転が引き金となった死亡事故について、これまでは悪質なものでも「過失運転致死傷罪」の懲役が長いか短いかを争うなど、「過失運転致死傷罪」の範囲で通常より重い処罰を求めるといったところが争点とされてきました。

しかし、今回の事件では「殺人罪」の成立が争われました。交通事故においても、例えば歩行者と運転者の事故のような、どちらかが明らかに弱者となる関係であれば、比較的重い刑罰になりやすいといえます。ですが、双方とも運転者という関係での事故にも関わらず、殺人罪という最も重い刑罰の成否が争われるというのは、今回の事故が従来には類を見ない衝撃的な事故だったことを物語っています。

昨今、あおり運転によるショッキングな交通事故が相次いで報道され、あおり運転は大きな社会問題となり、取締りも一層厳しくなっています。
今回の裁判では「殺人罪」が争点となりましたが、昨年2018年7月に埼玉県久喜市で起きたあおり運転事故では、「殺人未遂」容疑で逮捕者が出ています。同じく、2018年1月の上尾市での事故では「暴行罪」で逮捕されるなど、あおり運転を厳罰化する動きが出ています。

交通事故として処理されれば「殺人罪にはならないであろう」、「重い刑罰には処されないであろう」という概念はもはや通用しない時代になっています。

長距離運転や急いでいる時の運転では、他の運転者がこちらの思うように運転をしないことにイライラすることもあるでしょう。
しかし、そのイライラを運転に出してしまっていいのでしょうか?
そのイライラがあおり運転を引き起こすと、それによって他人を傷つけることになり、自分が刑罰に処されることになるのです。
今一度、自分の運転態度を見直してみましょう。

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