むち打ちでも後遺障害の申請はできるの?
交通事故による怪我の大半を占めるものに「むちうち症」があります。
むちうち症は見た目からはわからない怪我なので、他人から見てわかりにくいという特徴があります。また、交通事故以外でむちうち症になることもあるため、交通事故の傷害としてはグレーなイメージでとらえられることもあります。
交通事故でむちうち症になったとき、後遺障害は認定されるのでしょうか?
「むちうち症」による後遺障害認定のポイントを解説していきます。
1. 「むちうち症」とは?
交通事故による怪我で最も多い怪我は擦過傷と切創、つまりすり傷や切り傷です。そして、それに続いて多いのが「むちうち症」です。
一般的には「むちうち」と略されることが多いですが、医学的な正式名称は「外傷性頸部症候群」です。頸椎捻挫とも言います。
人間の体はいくつもの骨で構成されていますが、そのうち首からお尻までの背骨にあたる部分を一本の柱に見立て、脊柱といいます。脊柱は24本の骨で構成されており、そのうち上から7つの骨は首の機能をつかさどるもので「頸椎」と言います。この7つの骨にはそれぞれ椎間関節(せきついかんせつ)という組織があり、椎間板や靭帯、筋肉を連結させる役割を担っています。
むちうちは、この椎間関節を負傷することによって起こる症状です。
交通事故などで外から強い衝撃が加えられると、首を守ろうとして首を支える筋肉が筋緊張を起こします。また、首が急激に曲がりすぎたり伸びすぎたりすることによって、筋断裂を起こすこともあります。これがむちうちにおける首の痛みの元です。
脊柱の中心部には、運動機能をつかさどる「神経」がまっすぐに通っています。事故などの大きな衝撃により、骨の位置がずれてしまった場合、神経に骨が触れるようになります。これが、手などの痺れ、めまいなどの症状を引き起こす原因とされています。
こういった痛みやしびれは必ずしも全てが発症するわけではありませんが、これらの症状全てが「むちうち」の症状とされています。首を守ろうとして起こる傷病であるため、交通事故だけでなく例えばジェットコースターでも起こります。転んで首に強い衝撃がかかっただけで起こることもあります。
筋肉痛と同じで直後には症状が出ず、1日2日たってから痛みやしびれが発症することがよくあります。しかし、筋肉痛と違うのはその痛みが長く続くという事です。最低でも3か月は痛みを感じる人が多いと言われています。しかも、完治するとは限らず、そのまま症状がずっと残ることもあります。その場合、「むちうち」も後遺障害の認定対象となるので、その後の治療のためにも後遺障害の申請をしましょう。
2. 交通事故による後遺障害と認定されるためには
交通事故でむちうち症になったとき、後遺障害であると認められるためにはどうすればいいのでしょうか。
後遺障害の診断には、これまでの通院歴を示すカルテに加えて、後遺障害診断書、レントゲンやMRIの画像などが必要になります。
まずは客観的な証拠である画像についてです。
「むちうち症」の場合、レントゲンだけでは画像証拠とは言えません。むちうちは、骨が神経に触れるほど重度の場合でないとレントゲンに異常は写りません。レントゲンは骨の異常を確認するための撮影方法なので、骨の異常ではなく筋線維の断裂や損傷が主な原因であるむちうちでは、撮影用途に合わないのです。
したがって、痛みや軽い痺れ程度のむちうちでは、レントゲンで異常を確認することはできません。
むちうちの場合には、レントゲンと一緒にMRIの画像をとることが良いとされます。
ただし、MRIであれば異常を確実に確認できるというわけではなく、ごく軽度の場合はMRIでも異常が写らない場合はあります。
それでも、手のしびれなどの神経症状が出ていれば、レントゲンでは発見できなくてもMRIでは異常所見が見られることがあります。重症の場合、このMRIの画像所見によって高い等級が取れることもあるので、必ず事故直後にMRIの撮影をしましょう。
医師によってはレントゲンしか撮影しないこともあります。しかし後遺障害の診断にはMRIが必要になるので、医師に頼んでMRIも撮影してもらうようにしましょう。
次にカルテについてです。
カルテは事故直後から一貫して治療を受けていたかを確認するために必要です。後遺傷害と認定されるためには「事故によって受けた怪我である」ということを主張する必要があります。
見た目にも明らかな大きな怪我であれば、交通事故のときに受けたものだとわかりやすいです。しかし、むちうちは体の内部の怪我なので、外見では怪我していることはわかりません。そのうえ、日常生活でも発症する可能性があるため、その症状が本当に交通事故のせいであると証明しなければなりません。
そのためには、「事故直後から病院で治療を続けているので、交通事故のせいで間違いないですよ」と示してあげることが必要なのです。
ところが、むちうちは1日~2日過ぎてから症状が出ることがあります。人によっては数日してから症状が出たという例もあります。数日たってから病院を受診した場合、交通事故と因果関係があると断定するのが難しくなってしまいます。
交通事故で首を痛めたかもしれない場合は、「念のため」という感覚でもいいので必ず事故のその日から通院しておくことが大切です。その日から通院しておくことで、これは事故によって引き起こされたものであるということが証明しやすくなります。
また、カルテには患者がどのような症状を訴え、どのような治療をしたかが詳細に記載されています。あわせて作成される診療報酬明細書には、患者がどの日に通院したかが月単位でわかるように記載されています。
むちうちが後遺障害として認定されるためには、半年に100日程度の通院頻度が必要であるといわれています。つまり、2日に1回以上の頻度で通院しなければならないような症状が出ていて、実際にそれだけ通院し、治療に日数をかけて完治させようと頑張ったけれど、それでも治らなかったということを主張して、後遺障害を認めて欲しいと訴えかけるのです。
最後に後遺障害診断書です。
これは後遺障害認定の申請をするうえで一番大切な資料といっても過言ではありません。現在残っている症状が、今後治療を行っても完治することはなくずっと残る症状だということを、医師に記載してもらう書類です。これがないと後遺障害の申請はできません。
後遺障害認定するのに相当する怪我だと認めてもらうには、指定された検査を受けて医師にその症状を正確に後遺障害診断書に記載してもらう必要があります。
むちうちは、レントゲンやMRIの画像で後遺障害だと立証するのは難しい場合が多いです。そのため、後遺障害の証拠は後遺障害診断書だけとなる場合が多くあります。
したがって、後遺傷害診断書の記載で、現状どれだけの症状が出ていて今後の生活にどのような損害を与えるかを主張しなければなりません。
医師に後遺障害診断書を書いてもらう際には、いくつかの注意点があります。
一つ目は、「今後の見通し」欄です。
後遺障害診断書には、検査の結果を書く欄と医師による今後見通しについて書く欄があります。検査結果は数値をそのまま書いてもらえれば問題ないのですが、「今後の見通し」については書かれた内容に注意が必要です。ここに記載された内容が認定を大きく左右することがあるからです。
医師は治すことを目標に治療しているので、医師の立場としては「完治」が望ましいわけです。医師の中には、後遺障害が残ることを不名誉と感じる人もいます。
そのため、交通事故における後遺障害認定がどういうものかをあまり分かっていない医師が書くと、「今後、このまま治療を続ければ治る見込みがある」とか「今後も治癒にむけて治療の必要がある」とされる場合があります。
こういう一言を書かれると、完治の可能性があると判断されてしまいます。後遺障害は治療しても完治しない症状に対して認められるものなので、たとえ検査結果が基準値を超えていても、この一言のために後遺障害とは認められなくなってしまいます。
今後に関しては深く触れず、「上記症状を残し症状固定」のように現状までの状況報告程度の一文で記載をとどめてもらいましょう。
二つ目は、医師が後遺障害診断書を書いてくれない場合です。
「むちうちぐらいで後遺障害なんて」と、後遺障害診断書を書くこと自体に消極的な医師もいます。
通っている病院の医師がどうしても書いてくれない場合は、他の病院への紹介状を書いてもらって新しい病院で後遺障害診断書を書いてもらうという方法もあります。ただ、事故当初から診てもらっている医師のほうが治療の経過を知っているので信憑性が高くはなります。
可能であれば、最初に通院し始めるときにその医師が後遺障害について詳しく、後遺障害診断書を書いてくれるのかを確認しておきましょう。そして、信頼関係を築きながら症状固定まで治療を進めていくことができれば安心です。後遺障害申請は医師との連携がとても重要です。
3. 14級と12級の認定の違い
むちうちで後遺障害申請をした場合、認定される後遺障害等級は14級9号の「局部に神経症状を残すもの」、または12級13号の「局部に頑固な神経症状を残すもの」のいずれかです。
14級と12級では、支払われる後遺障害慰謝料の金額が大きく異なります。
自賠責から支払われる後遺障害慰謝料は、14級だと75万円、12級だと224万です。自賠責支払額だけでも、14級と12級で149万円の差があります。裁判所基準では、14級は110万円、12級は290万円なので、180万円の差になります。
14級9号に関しては、以下のような場合に認定されることが多いです。
・事故直後から一貫している症状であり、画像上に病変は認めないものの痺れなどの知覚症状がある場合
・検査結果の数値や通院の回数から、確実に事故が原因とは言えないが妥当性はある場合
極端に言えば、通院回数をかけたにも関わらず症状が改善されなかったものともいえます。
一方、12級13号と認定されるには「これのせいだ!」という明確な証明資料が必要です。
脊髄や神経根への圧迫が認められることが前提となるため、検査結果の所見と合わせて認定される傾向があります。画像所見だけでなく、他の検査結果でも異常値が出ている検査結果が必要です。
さらに事故状況も加味されます。後ろからコツンとあてられたぐらいの事故と、車体がつぶれるくらいの激しい追突では、体にかかる衝撃が異なるため、むちうちになってもおかしくない程の事故だったのかという点も判断材料になります。
認定に必要となる代表的な検査は以下のとおりです。
①スパーリングテスト・ジャクソンテスト
頸椎伸展位に圧迫を加えるなどして疼痛の誘発をするテストです。頭を患部に方向に近づけたり、 離したりして圧迫を加えます。
骨と骨の間が狭くなり、神経根を刺激することにより痛みが出ているかを確認するために行います。
異常がある場合は上肢に疼痛やしびれが出ます。
検査結果は(+)と(-)で表示され、
(+)であれば陽性でしびれや痛みがあることを示します。(-)であれば陰性でしびれや痛みがないことを示します。
腰のむちうちの場合にも似た検査を必要とします。腰の場合、ラセーグテスト・SLRテスト・FNSテストと呼ばれる検査をします。
②深部腱反射テスト(deep tendon rexlex:DTR)
筋肉に力を入れない(緩んでいる)状態において、太い骨格筋につながっている腱を軽くハンマーでたたくと一瞬遅れて筋肉が収縮する反射が正常におこなわれるかどうか確認するテストです。
手軽に行える検査であるため、運動系の障害があるか、末梢神経の障害があるかどうか調べるためによく使われる検査です。
むちうちの場合には、上腕二頭筋腱反射・上腕三頭筋腱反射・腕橈骨筋反射の3つを調べるのが一般的です。
この検査は、本人が嘘をついていたり思い込みであったりしないかを見分けるためにも重視されます。
③徒手筋力テスト(manual muscle testing :MMT )
これは、筋力の低下や萎縮がないか、日常生活に支障を起こす程度の神経障害が発生していないか確認するためのテストです。三角筋や上腕二頭筋、上腕三頭筋などに対して、通常の動かす方向へ抵抗を与え、その際にどのくらい自ら動かそうと筋力を使えるか、収縮保持能力がどの程度あるかを調べます。
判定は6段階で評価され、評価の数値が低くなるほど症状が悪いことを示します。
④筋委縮検査
筋肉の萎縮の有無と萎縮の程度を調べる検査です。
両腕の前腕と上腕の周径を図って計測します。しびれなどの症状がある場合は、筋委縮をするため筋力が落ち、腕が細くなる可能性があります。
⑤握力測定
両手の握力を検査します。
頸椎の神経に異常があれば、握力の低下がみられます。
⑥10秒テスト
10秒間で手を開いたり閉じたりするグーパー運動を繰り返し、その回数が20回以下であった場合、巧緻運動障害があると認定されます。巧緻運動障害とは、箸が持ちづらくなる、ボタンのかけはずしが難しい等のことをさします。
この症状がある場合には、頸髄への損傷が考えられ、むちうちの中でも重い症状を引き起こす損傷を負っている可能性があります。
重度の損傷の場合、状況によっては歩行に支障をきたす可能性があります。
⑦知覚検査
筆や洋裁用のルレットなどを使って皮膚に刺激を与え、表在知覚、深部知覚、複合知覚を調べます。
感じ方が鈍かったり、逆に過敏に感じるときに知覚障害が疑われます。手に痺れなどを訴えている場合に行われます。
後遺障害の認定にはこれだけの検査を必要とします。
これらの検査の結果が、認定の有無や等級の決定のために証拠として使われます
4. 認定の注意点と気を付けたい症状
後遺障害の認定に必要な書類や検査について説明してきましたが、後遺障害の申請前にいくつか気をつけたいことがあります。
まずは、既存障害の有無の確認です。
既存障害とは、交通事故に遭う前から何らかの障害があったということです。過去の怪我などでもともと首に障害が残っていて、事故によってさらにひどい障害を負ったようなケースです。
既存障害があると、それが事故の衝撃によって悪化しただけとみなされて後遺障害とは認定されない場合が多くなります。既存障害と事故後の障害それぞれの等級を認定することで、その差額を慰謝料とする方法もあり、これを加重障害といいます。しかし、むちうちの場合はそもそもそのほとんどが最も低い等級である14級なので、差額が出るということも少ない状況となっています。
つぎに、傷病名についてです。
むちうちと似た症状を引き起こす傷病がいくつかありますが、むちうちとは認められないため注意が必要です。
〈バレリュー症候群〉
むちうちの症状に加えて、吐き気やめまい、耳鳴りなどを引き起こします。
客観的な証拠が少なく、ほぼ自覚症状が主訴のため、認定されにくい症状です。
〈脳脊髄液減少症〉
頸部痛やめまい、耳鳴り、視機能障害、倦怠感などの症状を訴え、立ち上がると症状が悪化するとされています。
画像上の所見が少なく、自覚症状が主体であるため、こちらも認定されにくい傾向があります。
〈脊柱管狭窄症〉
事故などの外部からの衝撃によって生じるものではなく、経年変化によって引き起こされるものとされています。
そのため、この傷病名がついてしまうと、首の痛みや変形は年齢によるものとされます。既存障害と同じ扱いにされるため、後遺障害と認定される可能性は低くなります。
これらの傷病については、過去の裁判例においてもほとんど後遺障害として認められていません。
上記の傷病名がついてしまった場合には、後遺障害の申請前に一度弁護士に相談することをお勧めします。
5. 整骨院、接骨院への通院は問題ない?
むちうちの場合、整形外科で行われる治療は首の牽引やブロック注射が主です。
牽引とは、首を直接引っ張って椎間を広げるストレッチ的な役割の治療です。
ブロック注射は、痺れなど症状が出現している周囲の神経に局所麻酔を打つ治療です。これにより一時的に神経の興奮を止めさせ、血流を改善させることで人間のもっている治癒力を高め症状の改善を図ります。
牽引・ブロック注射のどちらも、治療とはいえ症状そのものを治すわけではなく、あくまでも自己治癒力を引き出すためのものです。一種の緩和治療といえます。
そのため、何度も通院しなくてはいけませんし、治療の効果は一時的なものであることから、治療の効果をなかなか実感できないといったことはよくあります。
それに対して、整骨院や接骨院では、マッサージなどの痛み緩和のための施術をしてくれるので、直接症状の改善を感じることができます。そのため、人によっては整骨院や接骨院での治療に切り替えたいと思うこともあります。
整骨院や接骨院での治療は禁止されているわけではないので、保険会社にお願いして通院をすることは可能です。しかし、その場合には少し注意が必要です。
通院の全てを接骨院や整骨院にしてしまうことはおすすめしません。すべての治療を整骨院や接骨院にした場合、後遺障害の申請の時に不利益を被る可能性があります。
後遺障害の申請には医師が書いた「後遺障害診断書」が必要です。
後遺障害診断書は、「医師」しか書くことを認められていないため、整骨院や接骨院の柔道整復師では作成することができません。
したがって、全ての治療を整骨院や接骨院に切り替えたとしても、後遺障害の申請をする際には最終的な症状固定の判断を整形外科の医師にしてもらう必要があります。
そうなると、中には後遺障害診断書の作成を拒否する医師もいます。自分が治療したものではなく、これまでの経緯がわからないから、後遺障害診断書の信頼性が失われるという理由です。
医師に後遺障害診断書を書いてもらうためにも、ある程度の頻度で整形外科に通っておく必要があります。
また、任意保険会社も整骨院や接骨院は整形外科での治療の補足であるととらえています。そのため、医師が痛み緩和のために補足の治療が必要だと認めた場合には、整骨院や接骨院への通院も認めるという基準を定めています。
つまり、整形外科への通院を適度に行ったうえでの整骨院・接骨院への通院であれば治療費を認めるということです。
これは自賠責保険も同じで、治療の主軸は整形外科であるべきだという傾向があります。そのため、整形外科だけに通院した人に比べて、整骨院や接骨院での施術を主にした治療を行っていた人は後遺障害の認定可能性が下がってしまうことが考えられます。
整骨院や接骨院を使うことは自由ですが、通う場合には医師の承認をもらってから通院の頻度に気を付けて通うようにしましょう。
6. まとめ
むちうちの後遺障害について説明しました。
むちうちであっても治療後に残存する症状があれば後遺障害申請は可能です。むちうちだから大したことはないだろうと治療を怠らず、通院して定期的に検査を受けるようにしましょう。
また、後遺障害申請のための準備には医師の協力が不可欠です。医師との信頼関係も考慮して、整骨院や接骨院に通う場合には整形外科との通院バランスを考えながら治療を行うようにしましょう。
後遺障害申請は元気な人であっても大変な手続きです。むちうちの治療や障害のことも考えながら対応するのが不安な場合には、弁護士へ相談することで楽になる部分が大きいです。
弁護士事務所によっては、後遺障害の専門チームを作って対応しているところもあります。医師が後遺障害診断書を書いてくれなかったり、記載漏れがあったりしたときにも、弁護士に依頼していれば医師への説明や不足部分の追記依頼交渉などをしてもらえます。
後遺障害を申請する可能性があるなら、早めに弁護士へ相談することをお勧めします。