交通事故で高次脳機能障害になったら

交通事故による後遺障害で、最も判断が難しい障害が高次脳機能障害です。
一見して何とも無いように見える人でも高次脳機能障害を負っていることもあります。
高次脳機能障害とはどんなものなのか、また、高次脳機能障害を引き起こすびまん性軸索損傷との関係についてご説明いたします。

1. 高次脳機能障害って何?

交通事故の怪我で最も見逃してはならないのが頭の怪我です。
脳は非常に繊細で、頭を強く打ったときだけに限らず、強く跳ね飛ばされた時などにも損傷をします。これは、脳に回転性の衝撃が働き、脳の位置にずれが生じることにより引き起こされるものです。
頭の怪我により引き起こされる傷病はいくつか存在しますが、中でも最も見逃されやすいのが高次脳機能障害です。

高次脳機能障害は、頭蓋内血腫・硬膜外血腫・くも膜下出血・脳挫傷・脳内血腫・びまん性軸索損傷等が引き金になって起こるとされています。
特に、交通事故でびまん性軸索損傷になった場合は、高次脳機能障害や認知障害などの後遺症を引き起こす可能性が高いとされるため、高次脳機能障害を疑う際には、まずびまん性軸索損傷の形跡がないかどうかを調べることがあります。

また、事故後に意識障害が起こった場合、意識障害が6時間以上継続するケースでは、高次脳機能障害が引き起こされることがあるという報告もされています。

高次脳機能障害は、学術的には「脳損傷に起因する認知障害全般」ととらえられており、これまでの事例により以下の症状が現れるとされます。

①記憶障害
 人の名前を覚えられない
 同じ質問を繰り返す
 物忘れが多い
 新しいものごとが覚えられない

②注意障害
 複数の動作を同時にできない(物事の順序だてが苦手)
 ぼんやりしていてミスが多い
 長時間の作業ができない

③遂行機能障害
 自分で計画を立てて物事に取り組むといったことができない
 人の指示でしか行動できない
 約束の時間を守れない

④社会的行動障害
 自己中心的になる
 幼稚な言動や行動をするようになる
 怒りっぽくなる
 思い通りにならないと大声を出す


高次脳機能障害は、ほかの傷病とは違い、麻痺など運動機能に関する後遺障害が残らないため、一見して障害があるようには見えません。また①~④の症状はすべてが発症するわけではないため、周りも「なんとなくおかしいな」と思う程度で、それが脳の損傷によって引き起こされているものとは考えないこともあります。また、このような症状が出ていても、本人は自分が以前と変わってしまったことに気がつかないため、周囲の人に自分がおかしくなってしまったと訴え出ることもありません。
そのため、人によっては事故からずいぶん経ってから高次脳機能障害だとわかることもあります。

専門の医師でないかぎり、見落としがちな傷病なので、事故後に周囲の人から見て「性格が変わったな」とか「物事がしっかりできなくなったな」と感じたら、専門医に診せましょう。本人には自覚がないことが多いので、周囲の人が連れていくことが重要です。

特に子供の場合、怒りっぽくなったり、まわりと同じように物事ができなくなる症状が出た場合は、いじめの対象となることがあります。早く原因を見つけてあげることが高次脳機能障害者を社会から孤立させないことにもつながります。少しでもおかしいなと思ったら専門医を訪ねましょう。

2. 検査と医学的診断基準

1章でお伝えした高次脳機能障害の症状を一つずつ見ていくと、その症状があれば必ず高次脳機能障害であるという決定的なものがないことに気が付かれるかと思います。
例えば、人の名前を覚えられない人は身の回りにもいるでしょう。また、物忘れが多いといった症状は、高次脳機能障害者でなくとも加齢につれて起こることもある一般的な症状ではないでしょうか。

では、どのようにして高次脳機能障害だと見極めることができるのでしょうか。
それは、脳の損傷によって引き起こされた症状だという医学的な診断があるかどうかによります。それにはいくつかの診断基準があります。

まずは、画像初見です。
脳の損傷の場合、MRIやCT、脳波などの撮影をされると思います。
特に、症状が急に現れ始めたばかりの急性期にはCTがよく使われます。しかし、CTは骨病変の立体的変化を捉えるのには役立ちますが、微細な脳損傷や脳室の変化を捉えるには不十分であるとされています。
高次脳機能障害と断定されるためには、脳損傷と脳室の変化が画像上で読み取れることが必要とされているため、CTだけでは足らず、MRIの画像検査が良いとされています。
また、時間の経過により、器質的損傷所見が消失することがあるため、事故後早期にMRIを撮影をする必要があります。

MRIの撮影方法は、よりはっきりと病変が写る「T2強調画像」と呼ばれる方式で撮影するのが良いとされています。また、脳の中の水分子の動きをみて病変を判断するDWIやFLAIR方式の撮影方法でも有効とされているので、医師によってはいくつかのパターンで撮影することがあります。
また、医師によっては、このMRIの検査に加え、脳波の検査を実施することがあります。
きちんとMRIを撮影したうえでの脳波検査であればよいですが、MRIを取らずに脳波検査のみでは高次脳機能障害であるとは断定ができないため、注意が必要です。
医師に脳波の検査結果だけで「高次脳ではない」と判断された場合には、MRIの撮影もしてもらうように必ずお願いしましょう。

またMRIの画像診断とともに行うのが、神経心理学検査です。
神経心理学的検査とは認知機能を細かく図るための検査です。脳に損傷を負った場合、認知機能に障害を起こすことがあります。
物をきちんと認知できているかは生活をする上でとても重要なことですので、怪我に伴う症状が発露しているかどうかを確認するためにこの検査を行います。

高次脳機能障害の症状は主として認知障害です。時間とともに認知障害は軽減傾向がある場合がほとんどのため、急性期にだけ検査を行うのではなく、段階を踏んで検査を行うことにより、回復の推移を確認すべきだとされています。
現在では、様々な検査方法が確立されており、きわめて多くの検査方法があります。
高次脳機能障害は他の怪我と違って、診断にはより高度な専門知識を必要としますから、後遺障害の審査においても高次脳機能障害だけを審査する機関があります。この審査機関によれば、発病している高次脳機能障害が後遺障害として認定相当の物であるか確認するためには、主に以下の検査が必要であるとしています。

これらの検査は被検者が最大限努力するということを前提としているため、詐病や神経症、注意力障害等を考えると、客観的に正しい検査結果が常に出せるとは言えません。
そのため、認定審査機関では、神経心理学的検査の結果は高次脳機能障害の一部を表しているに過ぎないとしており、この検査だけでは後遺障害の等級を判断することはできないという見解を示しています。
この検査結果とMRIなどの画像検査結果の両方があって認定されるものといえます。

また、高次脳機能障害であるということを医師が認定するための医学的基準は以下のとおりとされています。

主な神経心理学的検査
前頭葉機能・遂行機能
wisconsin card sorting test(WCST)
trail making test(TMT)
behaivoual assessment of dysexecutive syndrom(BADS)
Frontal Assessment Battery(FAB)
知能
Wechesler成人知能検査(WASI-R/Ⅲ)
Wechesler児童用知能検査(WASC-Ⅳ)
記憶Wecheslar記憶検査(WSM-R)
全般的知的機能検査kaufman児童用アセスメントバッテリー(KABCⅡ)
言語三宅式記銘力検査

1:主症状
  ①脳の器質的病変の原因となる交通事故などによる受傷が確認されている
  ②日常生活や社会生活において、記憶障害・注意障害・遂行機能障害・社会的行動障などの認知障害が発生している

2:検査所見
  MRIやCTなどにおいて認知障害の原因と考えられる所見がある(器質的病変等)

3:除外されること
  ①脳の器質的病変に基づく認知障害のうち身体的障害として症状はあるが1-2までいかないものはこれに含まない
  ②事故による受傷前から有する症状と検査所見はこれに含まない
  ③先天性疾患、周産期における脳損傷、発達障害、進行性の疾患を原因とするものはこれに含まない

4:認定基準
  ①1~3のすべてを満たすものを高次脳機能障害と診断する
  ②高次脳機能障害の診断は脳の器質的病変の原因となった外傷や疾病の急性期症状を脱した後において行う
  ③神経心理学的検査の所見を参考にすることができる

後遺障害と認定してもらうためにも、まずは、医師によって高次脳機能障害であると認定されることが必要です。きちんと検査をしてもらうようにしましょう。
また、日常行動でおかしいなと思うことがあれば、それも医師に必ず伝えましょう。高次脳機能障害であるかどうかを認定する一つの指針となる可能性があります。

3. 後遺障害の認定方法と等級

では、高次脳機能障害が交通事故による後遺障害であると認めてもらうためにはどのようなことが必要なのでしょうか?
高次脳機能障害で認定される等級は以下の6つです。

等級後遺障害内容
自賠責保険金額
1級1号


神経系統の機能又は、精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの4000万円
2級1号
神経系統の機能又は、精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの3000万円
3級3号
神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの2219万円
5級2号
神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの1574万円
7級4号
神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの1051万円
9級10号
神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの616万円


後遺障害申請の際、これらの等級に当てはまるかどうかは、2.検査と医学的診断基準でお伝えしたような医学的基準に基づいて、高次脳機能障害と診断されるのが前提となります。そして、それに加えて交通事故で負った怪我により発症したものであるという立証が必要となります。

したがって、後遺障害認定されるためには、画像所見などの病状を表す資料だけにとどまらず、事故状況の報告書や後遺障害診断書も重要になってきます。そういった書面に、交通事故で負った怪我により発症したと証明するための記載が必要になるのです。また、生活状況についての補足書面を、家族や周囲の人に書いてもらって一緒に提出することも有効です。

後遺障害診断書の内容としては、以下のようなことが書かれていれば後遺障害の認定可能性を高めることができます。

・事故に遭っていること

・交通事故後昏睡状態が6時間以上続いたこと、交通事故後に意識障害が認められたこと

・交通事故の怪我により、脳挫傷・くも膜下出血・びまん性軸索損傷などの傷病名が付いたこと

これら3つに関する所見を含めた後遺障害診断書を、医師に書いてもらいましょう。
画像に所見が残らなかったとしても、補足の書面や検査などにより、異常行動や知能の低下、人格の変化等を証明することにより、後遺障害を認められた例もあります。

逆に、医師の後遺障害診断書の記載が事細かに書かれていない場合、認定されないこともあります。医師は病気の診断のプロですが、後遺障害の診断については不慣れな医師もいます。適切な後遺障害等級の認定を受けるためには、医師に対して後遺障害認定に必要なことをしっかりと伝える必要があります。そのためには専門知識も必要になるため、弁護士に相談するといいでしょう。


後遺障害の申請には、保険会社に一任して請求を行う「事前認定」と、被害者自らが申請する「被害者請求」があります。高次脳機能障害の申請の場合は、「被害者請求」を選ぶことをお勧めします。

なぜなら、事前認定の場合は保険会社がどのような資料を自賠責保険に提出しているか確認することができません。そして、補足書面によって直接の被害者やその周囲の声を自賠責保険会社へ届けることもできないため、不利な認定をされてしまう可能性があります。

被害者請求の場合なら、高次脳機能障害によってどれだけその人が変わってしまったのか、周りの介助がどの程度必要なのかといったことを、生活状況報告書や陳述書などによって具体的に自賠責調査事務所へ訴えることができます。また、後遺障害診断書も申請前に自分で見ることができるので、不足なくきちんと書かれているかを確認することができます。
ただ、被害者請求は準備しなければならない書面も多く、どういった補足書面をつけるかといったことも自分で考える必要があるため、申請自体のハードルは高くなります。高次脳機能障害の疑いをもったら、早い段階で弁護士に相談するしてサポートを受けるのがいいでしょう。弁護士に依頼すれば、示談金の増額につながる可能性もあります。

4. まとめ

交通事故の後遺障害の中でも最も判断が難しい高次脳機能障害について説明しました。
高次脳機能障害は麻痺などの障害を引き起こさないため、理解されにくい疾患です。事故後、家族や友人との普段の生活の中で「あれ?事故前と変わったな」と気になる症状がある場合は、早めに専門医がいる病院へ連れていくことをお勧めします。

また、「画像所見がない」「すべての症状に当てはまるわけではない」等の理由や、どういった補足資料をつければいいのかわからないという理由で、後遺障害申請を諦めようと思う方も多いかもしれません。
しかし、高次脳機能障害は、治療を長期にわたって必要としますし、家族も多くの時間を介護、補助に裂くことを余儀なくされる傷病です。事故前と比べて、各段にお金はかかるようになりますし、時間をふくめ様々なものを制限されるようになります。
このような多くの負担を少しでも減らすためにも、後遺障害の認定してもらい金銭面だけでも負担を減らすことは大切です。
どうしたらいいのか不安、よくわからないという場合は、一度弁護士に相談することをお勧めします。弁護士であれば、過去の判例や実務にて認定された手続きに沿って最適な後遺障害申請のお手伝いをすることも可能です。

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